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福岡高等裁判所 昭和37年(ヨ)168号 決定

申立人 新日本窒素肥料株式会社

相手方 合成化学産業労働組合連合新日本窒素水俣工場労働組合

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の理由は別紙記載のとおりである。

よつて按ずるに、民訴法第五四四条による執行吏の遵守すべき手続に関する異議の事由は、執行機関たる執行吏の遵守すべき形式的な手続上のかし、換言すれば、執行機関として執行実施に関して採つた処置の違法不当をいうのであつて、右異議は執行又は執行行為が執行吏の自らの判断調査の上、遵守すべき執行手続法規の上から見て形式的なかしがあることを理由とするときに限り許されるのである。従つて、執行吏において調査の権限職責のない債務名義に表示された執行すべき請求権の不存在や、債務名義自体の執行力の欠缺を理由として、執行不当を攻撃して執行方法に関する異議の申立をなしえないことは抗告人が抗告理由において指摘するとおりである。しかし乍ら、債務名義に表示せらるる執行請求権の内容、即ち、執行請求権者又は執行義務者が何人であるか、その執行すべき行為の内容が何かということは、債務名義の主文表示自体により何人にも疑義をさしはさむ余地のない程度に、簡単且つ明瞭に理解せられるようなされることが望ましいけれども、利害関係人の間において若し主文に表示せられた文言の意味につき、解釈を異にし疑義を生ずる、かような場合には右文言の意味内容は、文言自体のみにより決すべきではなく、当該債務名義それ自体になされた一切の記載内容を、綜合的に且つ客観的に解釈することにより得られた合理的結論に基き之を定むることも執行吏のなすべき職務権限に属するものと解すべきである。固より、右意味内容の決定については、当該債務名義になされた記載以外の資料により之を補足是正するがごときことの許されないことも亦当然である。このことは、労働事件における仮処分たると一般民事事件の仮処分たるとにより、その解釈を異にすべきいわれは毫末も存しない。おもうに、仮処分の決定がその保全請求権の存在を前提とし、之が保全の必要性あるとき、その必要の限度においてなさるべきものである以上、仮処分決定の主文において表示されるところが一般的概念を規定する文言を以てなされていても、この故に、これのみにより、この文言の有する意味内容を確定することはできず、右文言の意味内容も自から債務名義に記載された保全請求権の範囲及びその保全の必要の限度によつて、限定せらるべきものであることは、右主文の表示が結局債務名義の理由中において判断せられた保全請求権の範囲と之に対する保全の必要の限度に基いて認容せられたものに外ならないからである。これを本件について見るに、熊本地方裁判所が同庁昭和三七年(ヨ)第一〇六号仮処分事件についてなした決定主文第三項には、「被申請人(本件相手方―以下同じ)組合所属の従業員以外の申請人(本件申立人―以下同じ)会社従業員云々」と表示せられているから、右文言自体よりみれば、その意味するところは、その文言の一般概念の規定として本件申立会社の従業員を指称し、特に右従業員の範囲について、相手方組合所属の従業員以外の申立会社の従業員の或一部に限定する趣旨とは認められない。しかし乍ら、同決定の主文において表示する執行請求権を確定するに至つた右決定の理由記載を通覧すると、相手方組合は相手方組合に属さない申立会社の従業員たる新組合員或は同決定添付別紙(二)目録記載の第三者及びその従業員(以下第三者という)が、申立会社の所有する新日窒株式会社水俣工場、同梅戸蒸気工場及び梅戸港に就労のための工場への出入、或は、原料資材の搬入、又は製品其の他の物の搬出を妨害し、以て申立会社の所有権の行使を妨げていることが明らかであるとし、右妨害行為については、緊急に申立会社の委任する執行吏をして右妨害の排除のため適当な措置をとらせる必要ありと判断して、右決定主文表示の限度において右執行吏に之が執行の権限を賦与したものであつて、右以外の者に対する相手方組合の妨害を排除すべき保全請求権及び之が保全の必要については、何等ふれるところはなかつたことが明らかである。されば、原決定の理由からその結論として確定された同決定主文表示の「被申請人組合所属の従業員以外の申立会社従業員」の意味するところは、相手方組合所属の従業員以外の申立会社の従業員たる新組合員と解すべきことは、決定主文の表示の外、決定の理由記載を綜合し客観的な解釈により得られる合理的判断に基くものであつて、右従業員中に申立会社中央研究所従業員を含まずとした原決定は相当といわねばならない。尤も、原決定は右従業員中には、非組合員にして水俣工場に勤務する者丈けでなく、大阪本社その他に勤務する者も包含せられる旨説示しているけれども、右決定の主文及び理由のみによりては、到底右の如き解釈の許されないことは上来説示するところにより自ら理解せらるるところである。

以上のとおりであるから、熊本地方裁判所所属執行吏が前記従業員の解釈を誤り、申立会社中央研究所の従業員の申立会社水俣工場出入につきなした執行処分は不当であつて、原決定が之が是正のため同決定主文の限度において執行吏にその処置を取るべきことを命じたのは相当である。

右と異る抗告人の主張は独自の見解であつて、採用することができない。

よつて、本件抗告はその理由がないから之を棄却し、抗告費用の負担につき民訴法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 高次三吉 原田一隆 木本楢雄)

(別紙)

抗告の理由

一、原決定には、執行方法の異議の制度の範囲を逸脱した違法がある。執行方法異議における判断事項は執行機関の遵守すべき形式的な手続上の瑕疵を理由とする場合に成立ち、執行吏において調査権限のない債務名義に表示された請求権の存否には及びえないものとされている。そして、執行手続において執行機関は債務名義として観念的に形成されたところを前提として、それ以上実体上の関係の如何を調査せずに盲目的に執行を実施すべきこととしている。そこで一旦債務名義に表示された判断の妥当性、したがつて又その執行機関に対する関係においての執行力は、単に請求権の成立又は存続に関する実体法上の要件事実の存在或はそれを争う債務者の主観的主張を以てはくつがえすことはできず、以後の観念的形成の過程としての訴訟において、その主張を是認する、より確実な、若しくは、より新な判決の成立によつて債務名義の表示と異る状態の公権的確定をみない限りは、執行機関としては原則としてこれを考慮する必要はなく、それまでは、債務名義に表示された請求に関する実体上の事由は執行手続に直接の影響を及ぼさない。元来、強制執行法は執行吏と執行裁判所の職分管轄を峻別にし、比較的簡単なものについては執行吏に取扱わせ、慎重な手続を要するものや、相当の裁量判断を要するものについては裁判所の職分となしている。

かかる法制度の趣旨よりして執行吏の執行に際し、判断すべき事項は、債務名義の主文より形式的に範囲を決定される事項に限りその範囲において決定すれば足りると考えられ、主文のよつて来るべき訴訟物が何であるかについて迄考慮すべき義務と責任はなく、主文の包含する概念を形式的に適用すれば足り又、それを以て免責されるものと考えられる。しからざれば、執行吏はその執行に際し強大な権限と困難な判断義務を負担することとなり、しかも原決定正本の理由のみならず疏明資料に迄目を通す義務を負担するとすればどの様な見解もとりうる余地を与えることとなり同時に執行吏自らは自らの判断に逡巡しなくてはならないであろう。これが法の予想する強制執行の制度に反することは明らかである。

原決定は理由中に次の如く言う。

「仮処分においても、主文に包含するものの範囲は仮処分の申立により限定せられる仮処分の訴訟物により決すべきであり、右訴訟物は仮処分の仮定的、暫定的性格からみて、仮処分決定の理由中に記載せられる被保全権利、保全の理由及び疏明により特定せられるものと解するのが相当である。殊に労働事件の仮処分においてはその対象が刻々変化する労使の紛争の場に申立の趣旨を達するに適切な保全状態を形成せんとするものであるから仮処分の主文の何んたるかは被保全権利のみならず、理由中に記載された保全の理由、疏明を参酌して判断すべきものと解するのである。」

右引用の原決定理由は法律効果たる債務名義と訴訟物概念との関係に対する誤解と執行制度に対する誤解との二点において誤りがあると考えられるが、前者は後述するとし、後者について述べれば原決定によれば執行吏は本来訴訟物について判断すべきであり殊に仮処分については理由のみならず、疏明(この疏明は決定の理由中に記載された疏明を言うのか、審理に際し、提出された全ての疏明を言うのか判然としないが)をも参酌してその訴訟物の範囲を判断すべきものとなる。これは主文の解釈について理由と疏明まで判断すべき過大な責務を執行吏に負わしめたもので、迅速を主とする仮処分において執行吏は、実に広範な検討と困難な法律的解釈を強いられることとなる。このことは、前記の如く執行吏制度の趣旨に反するものであり、そのことは、「対象が刻々変化する労使の紛争の場でも」同様である。むしろ逆に、対象が変化する労使の紛争の場であるからこそ債務名義から形式的に執行吏の判断事項が限定せられるべきであろう。

二、原決定は前示の如く、主文に包含されるものの範囲は仮処分の場合仮処分の決定の理由中に記載されている被保全権利、保全の理由及び疏明により決せられる訴訟物の範囲により決せられるべきで、殊に労働事件の仮処分において然り、とするものであるが、債務名義の主文より導かれる執行力が仮処分債務名義発生の要件ともいうべき被保全権利、保全の理由及び疏明により決せられるものかどうかについてはこれを否定せざるを得ない。元来、訴訟物なるものは、審判の対象としての請求の特定の問題、同一性の問題、既判力の問題としてあく迄審判の対象が何かと言う観点において構成された概念であつて、執行力の範囲の問題として構成された概念ではない。執行力はあくまで債務名義自体に掲げられた法律効果によつて判断されるべき事項で訴訟物概念と直接の関係はないと考えられる。

この点において原決定は執行方法に関する異議と請求異議との概念の混淆を来した誤りを犯している。

原決定主文に表示された会社従業員中には、会社の全事業所の従業員が入ることは明らかであるが、原決定は、異議申立の対象たる(ヨ)第一〇六号決定理由に引用される(ヨ)第一〇〇号仮処分決定理由中の同仮処分申請時における操業計画を基本とし、右操業計画に予想される以外の会社従業員を除かれるとしているが、然りとすれば右従業員は「被申請人所属組合員以外の会社水俣工場従業員(新労組員七百余名)及び会社非組合員(但し職制上課長以上のもの)」と主文中に表示されるべきであつた。無論スキャッブ協定の存する場合に水俣工場従業員以外の従業員で他の組合所属の者や、組合員の資格を有する者について妨害排除が認められるかどうかの問題は存する(その点については後述する。)にしても、主文記載の会社従業員に、会社の水俣工場以外の従業員が入るか入らないかの問題はこれとは自ら別個の問題である。

例えば「金百万円を支払え」との債務名義に対し、右百万円は日本銀行券なら、一万円札百枚でも、千円札千枚でも履行になる訳であるが、この場合、百万円の概念は、当然日本国貨幣ならなんでもよいことを予想している独立した存在概念である。

このことは、執行力との関係における主文表示の会社従業員なる概念が、理由や疏明等と無関係に独立した存在概念たることを示している。

かかる独立に存在しうる概念についてまで理由との関係で新たにその概念の外延を切断しうるとすれば、之は法概念の正確且つ普辺的な相互存在の上に築かれている法秩序の混乱以外の何ものでもない。

又仮処分の主文の範囲が主文中の概念だけでなく仮令理由中に引用されているにせよ別個の仮処分たる(ヨ)第一〇〇号の理由疏明によつて限定されるとすることもかなり問題である。

三、原決定は

理由中で申立人会社中央研究所員は「被申立人会社の職制上主任以下の一般労務者に属し労組法上のいわゆる使用者側の利益を代表する者で前記職制上課長以上に属する非組合員に該当しないことが認められる」とし更に(ヨ)第一〇〇号仮処分決定の理由中には「被申立人会社は新組合との団体交渉の結果……(停止業務の再開を計画し)……水俣工場における非組合員(被申立人会社の職制上課長以上の従業員以下同じ)七十名位と新組合員七百名位をもつて一日当り硫安百屯DOP三十屯、オクタノール三十屯の生産を目標とする操業計画をたて差当り右非組合員七十名位及び昭和三十七年八月十一日強制入場した新組合員四百名位が水俣工場に籠城して一部硫安カーバイト部門の操業を開始し前記操業計画を遂行しようとしたところ」申立人組合が妨害行為をしたので「右妨害行為を排除する必要性を認めて仮処分決定がなされたことが明白である」とし「さすれば右仮処分決定によつて申立人組合が水俣工場に出入する者について命ぜられた受忍義務の対象となる『被申請人(申立人)組合所属の従業員以外の申請人(被申立人)会社従業員』の範囲は前記仮処分決定の理由中に認定の停止中の操業開始のため就労を予定された新組合員並びに前記認定の被申立人会社代表者を含む職制上課長以上の非組合員に該当する者に限定されることが認められる」として「被申立人会社中央研究所従業員については右各仮処分決定において何等触れる所がなく右研究所が被申立人会社の一事業所である旨の記載さえもないのであるから本件中央研究所従業員は右各仮処分決定の主文に表示する『申請人(被申立人)会社従業員』に含まれないものといわねばならないのである」としている。しかし乍ら(ヨ)第一〇〇号仮処分決定理由中には停止業務の再開を計画した際の水俣工場の非組合員七十名は被申立人会社の職制上課長以上の従業員に限られていた旨の記載はなく、又従業員が職制上課長以上の非組合員とする根拠を操業計画によるものとするなら会社従業員の範囲は全く限定されてしまうこととなるであろう。又仮処分決定中に会社の一事業所たることの記載のないことをもつて仮処分にいう会社従業員にあたらないとすることは「非組合員については前記事実認定に触れてあるように水俣工場に勤務する者だけでなく大阪本社その他に勤務する者も右『申請人(被申立人)会社従業員』に含む趣旨であると認めるのが相当である」と解することと矛盾する様に思われる。蓋し大阪本社の非組合員は操業計画には記載されていない。しかし乍ら原決定の言うとおり操業計画にないからといつて水俣工場以外の会社事業所(大阪本社、東京事業所)に勤務する申請人会社の課長以上の者が水俣工場に出入できないとすることが不当であることは明らかである。結局原決定は「非組合員たるべき者」か否かによつて従業員の範囲を決定しようとしているものであつて決して(ヨ)第一〇〇号仮処分決定理由記載の操業計画や同決定理由中に中央研究所が事業所として揚げられているか否かの判断によつてなされているものでないことが推察され、無意識裡に結局スキャッブか否かについて判断せんとしているものである。しかし乍ら、之は明らかにスキャッブの概念スキャッブ協定の存否そしてスキャッブに対する効果によつて判断されるべき実体的事項であつて決して執行吏の認定に委ねるべき形式的事項ではない。執行吏に非組合員の種類、非組合員とスキャッブ協定等の法律問題について判断を委ねることは之は債務名義の本質や職分管轄の識別を瞹昧にするものである。

尚仮処分決定理由中の操業計画にないこと、又は事業所として記載のなかつたことを以て申請人会社従業員から除かれるとすることは「対象が刻々変化する労使の紛争において適切な保全状態を形成せんとする」労働仮処分(労働仮処分は申請より決定まで日時を要することをもつてその法形成作用を重視すべきである)において反つて仮処分を死文化して刻々変化する労働紛争に対応しえなくなることがありうると考えられるのである。

〔参考資料〕

仮処分執行方法に関する異議申立事件

(熊本地方 昭和三七年(ヲ)第五二八号 昭和三七年九月一八日 決定)

申立人 合成化学産業労働組合連合新日本窒素水俣工場労働組合

被申立人 新日本窒素肥料株式会社

主文

被申立人の委任する熊本地方裁判所執行吏は別紙(二)目録記載の熊本地方裁判所昭和三七年(ヨ)第一〇六号仮処分決定主文第三項に表示された「被申請人(申立人)組合所属の従業員以外の申請人(被申立人)会社従業員」に別紙(三)目録記載の被申立人会社中央研究所従業員五三名が該当するものとして右第一〇六号仮処分決定による執行をしてはならない。

申立人のその余の申立を却下する。

訴訟費用は被申立人の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和三七年九月五日になした仮処分執行停止決定を認可する。

前項に限り仮に執行することができる。

理由

一、申立の趣旨

被申立人は熊本地方裁判所昭和三七年(ヨ)第一〇〇号、同第一〇六号妨害排除等仮処分事件の執行力ある決定正本に基き、熊本地方裁判所執行吏に委任し、被申立人会社水俣工場以外の従業員を申立人組合の妨害を排除し水俣工場内に入構させる強制執行はこれを許さないとの裁判並びに仮執行の宣言を求めた。

二、異議理由の要旨

1 被申立人は熊本地方裁判所が被申立人(申請人)、申立人(被申請人)間の同裁判所昭和三七年(ヨ)第一〇〇号業務妨害排除等仮処分事件につき昭和三七年八月二五日、同第一〇六号妨害排除等仮処分事件につき同月三〇日なした別紙目録(一)(二)目録記載の仮処分決定に基き熊本地方裁判所所属執行吏木付四郎にその執行を委任した。

2 木付執行吏は右委任により昭和三七年九月五日午前九時頃被申立人会社中央研究所従業員約五〇名を就労のため被申立人会社水俣工場に入場させるよう申立人組合に申入れたが、申立人が右中央研究所従業員は右各仮処分決定の主文に表示する「被申請人(申立人)組合所属の従業員以外の申請人(申立人)会社従業員」中には含まれないとの見解のもとにこれを拒否し、右中央研究所従業員の入場を申立人組合所属組合員及びその支援団体オルグによるピケッテングにより阻止したので同執行吏は警察官の出動を要請し、その援助のもとに右ピケッテングの排除を強行しようとした。そこで申立人はやむなく入場者の顔写真を撮影し、氏名を確認した上で順次入場させることとなつたが四名が入場したのみで日没により執行は中止となつた。

3 熊本地方裁判所昭和三七年第一〇〇号、同第一〇六号仮処分決定にいうところの「被申請人(申立人)組合所属の従業員以外の申請人(被申立人)会社従業員」とは、申立人組合所属の従業員以外の被申立人会社水俣工場従業員をいうことは右決定の理由から明らかであるにもかかわらず木付執行吏は中央研究所従業員も被申立人会社従業員に包含されるものと解して被申立人会社から執行委任を受けて前述の如く執行々為をなしたものであるから、かかる解釈に基いてなされた右執行々為は仮処分命令の範囲を逸脱した許されない執行である。

三、当裁判所の判断

1 申立人主張のごとき仮処分決定がなされたことは当裁判所に職務上顕著な事実であり、被申立人が熊本地方裁判所執行吏に前記第一〇六号仮処分の執行を委任し、木付執行吏が右委任により申立人主張の日時場所で被申立人会社中央研究所従業員約五〇名を被申立人会社水俣工場正門より就労のため入場させようとしたところ申立人組合所属の組合員等よりなるピケッテングにより阻止されたので前記第一〇六号仮処分決定による執行として警察官の出動を要請し、その援助のもとに水俣工場正門でピケッテングを行つていた申立人組合員等による妨害を排除しようとしたこと、かかる事態に及んで申立人組合はやむなく中央研究所従業員を申立人主張の方法で入場せしめることとなつたが日没のため四名が入場したのみで執行は中止されるに至つたことは当事者間に争がない。しかして乙第五号証の一、二、乙第六号証並びに被申立人審尋の結果によれば前記中央研究所は横浜市金沢区釜利谷町二番地所在の被申立人会社の一事業所であつて、化学技術の基礎研究及び応用的研究並びに工業化学試験研究を主たる業務内容とし構成員一六三名よりなるものであり、今回水俣工場正門より入場を試みた約五〇名とは別紙(三)目録記載の五三名で、いずれもロックアウトによる水俣工場の停止業務の再開のため必要な代替労務者として出張命令により派遣された技術員又は技術員見習であり、被申立人会社の職制上主任以下の一般労務者に属し、労働組合法上のいわゆる使用者側の利益を代表する者であつて、前記職制上課長以上に属する非組合員に該当しないことが認められる。

2 ところで申立人は当裁判所昭和三七年(ヨ)第一〇〇号、同第一〇六号仮処分決定にいうところの「被申請人(申立人)組合所属の従業員以外の申請人(被申立人)会社従業員」とは申立人組合所属の従業員以外の被申立人会社水俣工場従業員の趣旨と解すべきであるのに中央研究所従業員をも包含するものとしてなした執行吏の執行は仮処分命令の範囲を逸脱したものである旨主張するので考えるに仮処分においても、主文に包含するものの範囲は仮処分の申立により限定せられる仮処分の訴訟物により決すべきであり、右訴訟物は仮処分の仮定的、暫定的性格からみて、仮処分決定の理由中に記載せられる被保全権利、保全の理由及び疎明により特定せられるものと解するのが相当である。殊に労働事件の仮処分においてはその対象が刻々変化する労使の紛争の場に申立の趣旨を達するに適切な保全状態を形成せんとするものであるから仮処分の主文の何んたるかは被保全権利のみならず、理由中に記載された保全の理由、疏明を参酌して判断すべきものと解するのである。本件についていえば甲第一、二号証(当裁判所昭和三七年(ヨ)第一〇〇号、同第一〇六号仮処分決定正本)によれば、右第一〇〇号仮処分決定の主文において「被申請人(申立人)組合は被申請人(申立人)組合所属の従業員以外の申請人(被申立人)会社従業員が水俣工場に出入することを言論による平和的説得以外の方法によつてこれを阻止し、又は第三者をして阻止させてはならない。」旨を命じ、第一〇六号仮処分決定の理由中において、前記第一〇〇号仮処分決定に違反して妨害をなす申立人組合の妨害を被申立人会社の委任する執行吏において排除する必要性のあることを認めて、その主文第三項において「申請人(被申立人)会社の委任する執行吏は被申請人(申立人)組合所属の従業員以外の申請人(被申立人)会社従業員が水俣工場に出入することを言論による平和的説得以外の方法によつて妨害したときは、右妨害行為を排除するため適当な措置をとることができる。」旨命じているものであつて、右第一〇六号仮処分決定第三項は前記第一〇〇号仮処分の実施を命じているものであるところ、右第一〇〇号仮処分決定の理由中において

(一) 水俣工場が被申立人会社の所有であること。

(二) 被申立人会社は昭和三七年七月二四日申立人組合を任意に脱退した組合員により結成された新日本窒素水俣工場新労働組合(以下新組合と略称する。)との間の団体交渉の結果ロックアウトにより停止中の操業を右新組合に所属する組合員を就労させて開始することを計画し、爾後新組合員が七百余名に達したので、水俣工場における非組合員(被申立人会社の職制上課長以上の従業員以下同じ。)七十名位と新組合員(曾つて申立人組合に所属した者であつて、右組合を脱退後新組合に加入した者。以下同じ。)七百名位を以つて、一日当り、硫安百屯、D、O、P三十屯、オクタノール三十屯の生産を目標とする操業計画をたて、差当り右非組合員七十名位及び昭和三七年八月一一日強制入場した新組合員四百名位が水俣工場内に籠城して一部硫安カーバイド部門の操業を開始し、前記操業計画を遂行しようとしたところ、これに対し申立人組合は

(1) 昭和三七年七月二四日以降水俣工場の各門に常時数十名乃至数百名のピケ隊を配置して新組合員の就労を実力を以つて阻止したこと。

(2) 同年八月四日争議の実情を視察に来た被申立人会社代表者吉岡喜一(大阪本社に勤務するものと認める。)を水俣駅で列車を待つ間洗濯デモをかけて乗車を妨害したこと。

(3) 同月九日水俣工場から梅戸港に通ずるトンネル附近で市川水俣工場次長、平井醋綿課長等を同人等がロックアウト立入禁止区域内のピケ隊の退去を求めた際洗濯デモをかけて暴行を加えたこと。

大要以上のような事実を認定した上

申立人組合によつてなされる右妨害行為を排除する必要性を認めて前記第一〇〇号仮処分決定がなされたことが明白である。さすれば右仮処分決定によつて、申立人組合が水俣工場に出入する者について命ぜられた受忍義務の対象となる「被申請人(申立人)組合所属の従業員以外の申請人(被申立人)会社従業員」の範囲は、前記仮処分決定の理由中に認定の停止中の操業開始のため就労を予定された新組合員並びに前記認定の被申立人会社代表者を含む職制上課長以上の非組合員に該当する者に限定されることが認められる。しかしながら本件横浜市所在の被申立人会社中央研究所従業員については右各仮処分決定において何等触れるところがなく、右研究所が被申立人会社の一事業所である旨の記載さえもないものであるから、本件中央研究所従業員は右各仮処分決定の主文に表示する「申請人(被申立人)会社従業員」に含まれないものといわねばならないのである。なお非組合員については、前記事実認定において触れてあるように、水俣工場に勤務する者丈でなく、大阪本社その他に勤務する者も右「申請人(被申立人)会社従業員」に含む趣旨であると認めるのが相当である。また被申立人会社は本件中央研究所従業員を「非組合員」である旨主張しているものであるが、右の「非組合員」というのは右中央研究所従業員が労働組合を組織していないことの意味合いにおいて、主張しているものであることはその主張自体により明らかなところであつて、職制上課長以上の所謂会社の利益を代表する前記非組合員に属する者でないことは前示のとおりである。

以上の次第であつて、本件中央研究所従業員の水俣工場出入については、これが妨害排除の執行をなし得べき保全処分の債務名義は存在しないものといわねばならないから、前記木付執行吏が右中央研究所従業員を前記第一〇六号仮処分決定に表示する「被申請人(申立人)組合所属の従業員以外の申請人(被申立人)会社従業員」に該当するものとしてこれが入場を阻止する申立人組合の妨害排除のため右第一〇六号仮処分の執行としてなした強制執行は、強制執行の要件を欠き許されないものといわねばならない。よつて、申立人の本件異議申立を本件中央研究所従業員の入場のため措られた強制執行の不許を求める限度においてこれを正当として認容し、その余を失当として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、なお本件につき当裁判所がさきになした執行停止決定はなお保持させる必要があるものと認め主文のとおり決定する。

(裁判官 西辻孝吉 土井俊文 松島茂敏)

別紙(一) 目録

決定

大阪市北区宗是町一番地

申請人        新日本窒素肥料株式会社

右代表者代表取締役  吉岡喜一

右申請代理人弁護士  孫田秀春

同          高梨好雄

同          塚本安平

同          滝川誠男

熊本県水俣市大字浜小島六六七番地

被申請人       合成化学産業労働組合連合新日本窒素水俣工場労働組合

右代表者執行委員長  江口政春

右被申請代理人弁護士 野尻昌次

同          岸星一

同          衛藤善人

同          萩沢清彦

同          加藤康夫

同          内藤義憲

同          杉本昌純

右当事者間の昭和三七年(ヨ)第一〇〇号業務妨害排除等仮処分申請事件につき当裁判所は次のとおり決定する。

主文

申請人が被申請人に対し金五百万円の保証を立てることを条件として

一、被申請人組合は被申請人組合所属の従業員以外の申請人会社従業員並びに別紙(二)目録記載の第三者及びその従業員(右被申請人組合所属の従業員以外の申請人会社従業員並びに右第三者及びその従業員については、申請人の交付する「チッソ」と表示した腕章を着けた者に限る。)が別紙(一)目録記載の申請人会社水俣工場(梅戸蒸気工場、梅戸港、小崎揚水場を含む。)に出入することを言論による平和的説得以外の方法によつてこれを阻止し、又は第三者をして阻止させてはならない。

二、被申請人組合は被申請人組合所属の従業員以外の申請人会社従業員又は前項記載の第三者及びその従業員(前項の腕章を着けた者に限る。)が前項記載の申請人会社水俣工場内に原料、資材等を搬入し、製品その他の物を搬出することを言論による平和的説得以外の方法によつてこれを阻止し、又は第三者をして阻止させてはならない。

三、申請費用は被申請人の負担とする。

別紙(二) 目録

決  定

大阪市北区宗是町一番地

申請人       新日本窒素肥料株式会社

右代表者代表取締役 吉岡喜一

右申請代理人弁護士 孫田秀春

同         高梨好雄

同         塚本安平

同         滝川誠男

水俣市大字浜小島六六七番地

被申請人      合成化学産業労働組合連合新日本窒素水俣工場労働組合

右代表者執行委員長 江口政春

右当事者間の昭和三七年(ヨ)第一〇六号妨害排除等仮処分申請事件につき当裁判所は次のとおり決定する。

主文

申請人が被申請人に対し、金一〇〇万円の保証を立てることを条件として

一、被申請人組合は別紙(一)目録記載の申請人会社水俣工場正門(以下別紙図面参照)前の天幕、及び同工場東門、裏門前のバリケード並びに右東門、裏門前の橋梁上の天幕、ピケ小屋等の各障碍物を大型トラックが右各門を通行できる範囲において撤去し、引込線出入口の有刺鉄線等、梅戸港側隧道入口前の土嚢、バリケード等の各障碍物をそれぞれ撤去しなければならない。

二、申請人会社の委任する執行吏は被申請人組合において、任意に前項記載の物件を撤去しないときは右物件を撤去することができる。

三、申請人会社の委任する執行吏は、被申請人組合所属の従業員以外の申請人会社従業員並びに別紙(二)目録記載の第三者及びその従業員(但し申請人の交付する「チッソ」と表示した腕章を着けた者に限る。)が第一項の各門、引込線及び隧道を通行して同工場内に出入し、又は被申請人組合所属の従業員以外の申請人会社従業員並びに別紙(二)目録記載の第三者及びその従業員(但し前記腕章を着けた者に限る)が前記水俣工場内に原料、資材等を搬入し、製品その他の物を搬出することを被申請人組合及びその支援団体員が言論による平和的説得以外の方法によつて妨害したときは、右妨害行為を排除するため適当な措置をとることができる。

四、申請費用は被申請人の負担とする。

別紙(三) 目録(五三名の氏名年令省略)

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